2018.07.03 ブログ改装中|文・デザインの崩れを順次修正しています

おじいちゃんと。安楽死と。

祖母のうちに、わたしたち夫婦・実家(わたし側)家族・祖母家族 のみんなで集まってお正月の挨拶とご飯会でした。

 

数年前に亡くなった祖父のお仏壇にもご挨拶。

初孫だったわたしを、小さいときから可愛がってくれたおじいちゃん。

幼稚園で働きだして、心身の調子を崩して退職したわたしをすごく心配してくれたおじいちゃん。

少しの期間、下宿させてもらった時期もあって、その時はいろいろ喧嘩もしたけど でもわたしのことをいつも大事に考えてくれてた、ちょっと頭の固いおじいちゃん。

 

「新しい仕事が決まったよ」「また遊びに来るね」って言って帰った 4月のあの日、
まさか一週間後に 二度とお話しできなくなるとは思わなかったよ。

 

 

具合が悪いな、風邪かな、 って おばあちゃんと二人で 自分の足で 町の小さな病院に行ったおじいちゃん。

その病院で容体が急変して意識がなくなり、救急車で大きな別の病院に運ばれました。

 

あれよあれよという間にいろいろな器具が取り付けられ、

意識も戻らず、話すこともできずのまま… その年の12月に亡くなりました。

 

 

『安楽死』って、わたしは必要だと思う

おじいちゃんがこの世からいなくなってしまった時は悲しかったけど、

悲しみよりも こう言うといけないかもしれないけど…「ほっとした」というところもありました。

 

おばあちゃんは律儀な人で、ほとんど毎日 意識のないおじいちゃんの病室に行っていました。

でもおばあちゃんは足があまりよくなくて。

車で40~50分くらいの距離に暮らす、実家の母が 仕事が終わった後や仕事が休みの日に いつもおばあちゃんのうちに行って、一緒に病院に行っていました。

 

仕事と家事と、おばあちゃんの付き添いでだんだん消耗していったお母さん。

消耗しているのに、頑張り続けるお母さん。

母自身も数年前に癌の手術をし、現在は経過観察中の身です。

 

「お母さんのしていることは立派だけど、自分のことも大事にして」

「お母さんにとって、おじいちゃんやおばあちゃんはたった一人の親だけど、わたしにとってはお母さんもたったひとりのお母さんなんだよ」

 

昔から母とはあんまり仲良くなくて、というか、そんなに好かれていなくて(笑)、

でも 仲良くなりたいなぁ と、思っていたり

仲良し親子の友達がすごくうらやましくなったり

そんな時期もありましたが、結婚して実家を出た今は少し物理的に距離ができたからか「お母さんと仲良くしたい」という焦燥感みたいなものは少し落ち着きましたが。

 

それでもやっぱり自分にとってはたった一人のお母さんで、消耗している姿なんて見ていたくなかったです。

 

わたしも週に1度、仕事が休みの日には母の代わりに祖母を手助けするようにしていましたが(実家⇔祖母宅よりも、圧倒的に わたし宅⇔祖母宅 のほうが近いのです)

4月に新しい職場で働き出したばかりのときに祖父が倒れ、上司の厚意で(入社したてなのに)半休させてもらったり休ませてもらったり。

下宿させてもらっていたこともある祖父… とはいえ『親』ではないですし、そうそう休みは取れません。

 

平日は一日仕事をして20時すぎに帰宅、休日は1日は必ず祖母と一緒に病院へ。

入院生活が長くなってくると、だんだんとつらくなってきました。

祖父は話せるわけでも呼びかけに反応がわけでもなかったので、こちらが一方的に話すだけ。

 

看護婦さんによると耳は聞こえていたらしいですが… それを確認できる術はありませんでした。

 

  大工さんだった祖父が生前お遊びで作ってくれた台。形見になってしまった。我が家の情報源・チボリのラジオを置いて使っています。

 

 

週に1度しか行かないわたしでも消耗していくのに、週に何回も行っている母や祖母はどれだけ大変だっただろう。

 

体力的なところはもちろんですが、金銭的にも。

年金生活(+叔父のお給料)で暮らしている祖母の経済事情は詳しくわかりませんが、「入院生活はお金がかかる」とよく言っていました。

入院生活のお金、入院に必要なシーツやおむつやパジャマや歯ブラシや…細かいものを購入するお金。

 

機械で酸素を体に取り入れて、液体のお食事で栄養を取って、体に管を繋げて排泄して。のどに開けた穴から時々淡を吸ってもらって苦しそうにして。

機械で命を生かされている。

どれかを取ってしまったら、命を維持できない。

そんなのって、「生きてる」って言えるのでしょうか?

 

お医者さんに「もう延命しなくていいんです」って祖母や母は何度か訴えたそうです。

でも、お医者さんの答えはそのたびに「一度つけたら外せないんです。殺人になってしまうから…」だったそうです。

でも、この状況で。

生かされてる患者と、その看護に消耗してる生きている家族が。

「あの医者が殺した」と言うでしょうか?

 

介護に疲れて心中、とかの悲しいニュースも時々ありますよね。

介護される側も、自分が家族にとって負担になっていると悲しいのではないか。

介護している人が消耗して 共倒れでもしたら… それこそ、命の損失。社会の損失なのではないか。

 

少なくともわたしは、そうです。

機械で生かされているだけなら生きていると言えるのか?

生きている人が…これからまだ生きて未来がある人が、先の短い人のために消耗するのは正しいのか?

 

なんで日本では『安楽死』が認められないのか

年末、スイスの安楽死施設についての番組を見ました。

そりゃあ生きられるなら誰だって長生きしたいでしょうけど、

自分で自分の死に際を決められるって、いいなぁと思いました。

 

経済的にも計画的にできるし、身の回りの整理や もしかしたら友人たちへのお別れのあいさつもできて…

 

管で繋がれて生かされて 「最期は肺炎にでもなって自然に亡くなるまではこのまま」 と宣告されるより、よっぽど人間的で綺麗だと思いました。

 

「安楽死は殺人だ」なんて、責めないよ。

きっと、求めている人はいる。

 

高齢化している今の社会、わたしたちの世代でちゃんと支えきれるのか。

病気の長期看護(わたしの祖父は、何年も長期にはなりませんでしたが)・長期にわたる先の見えない介護・経済的にも、気持ち的にも、きっととてつもなく疲弊します。

これから先まだまだ頑張れる 頑張らなきゃならない世代が、疲弊して自らや愛する人の命を絶とうとしたり、お互い合意の上で手を下すと罪に問われる。

生きることも、死ぬこともできない。

じゃあ、どうしたらいいんだろう? 誰が助けてくれるんだろう?

 

「老人は死んで」と言っているわけでは決してなくて。

それぞれの人が、もしも自分の去り際を選ぶことができる世の中だとしたら、少しは世の中 違ってくるのではないかな。と思ったりするのです。

 

 

 

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